「まだ僕たちはこの長いウィキペディア坂を登りはじめたばかりだッ!」図書館総合展フォーラムに向けて、司会の佐藤翔さんに伺う
11月1日発行のARGメールマガジンに、筑波大学大学院所属の佐藤翔さんにインタビューした記事を掲載しました。
これは、11月24日に行われるネットアドバンス社主催フォーラム『大規模デジタル化社会における『知』との接点−Wkipedia、電子書籍、Twitterの潮流をライブラリアンはどう受け止めるか』*1に向けたものですが、佐藤さんと発行者の岡本さんに許可をいただいて記事をブログにも転載したいと思います。
以下から記事を掲載しますが、記事は自分がインタビュー・執筆し、佐藤さん・岡本さんの編集を経たものです。
ですので全てメールマガジンからの引用となりますので、予めご了承ください。
それでは、どうぞ。
「まだ僕たちはこの長いウィキペディア坂を登りはじめたばかりだッ!−第12回図書館総合展株式会社ネットアドバンス主催フォーラム
『大規模デジタル化社会における『知』との接点−Wkipedia、電子書籍、Twitterの潮流をライブラリアンはどう受け止めるか』に向けて、司会の佐藤翔さん(筑波大学大学院)にうかがう」
11月24日から26日にかけてパシフィコ横浜で開催される図書館総合展において、株式会社ネットアドバンス主催、弊社協力で、11月24日(水)13:00より「大規模デジタル化社会における『知』との接点−Wkipedia、電子書籍、Twitterの潮流をライブラリアンはどう受け止めるか」というフォーラムを開催いたします。
2010-11-24(Wed): 13:00~14:30
第12回図書館総合展株式会社ネットアドバンス主催フォーラム
「大規模デジタル化社会における『知』との接点
−Wkipedia、電子書籍、Twitterの潮流をライブラリアンはどう受け止めるか」
(於・神奈川県/パシフィコ横浜)
http://bit.ly/cQo30l
- 講演
今回は、フォーラム開催に先立ち、フォーラムのパネルディスカッションで司会を務めていただく筑波大学大学院図書館情報メディア研究科博士課程に在籍中の佐藤翔さん(ブログ「かたつむりは電子図書館の夢をみるか」管理人)に、弊社インターンで同じく筑波大学在学の平山陽菜がインタビューし、特にフォーラムのテーマとなるWikipediaについてお話をうかがいました。
Wikipedia等、フォーラムのテーマとなる「大規模デジタル社会の知識」とは何か、そしてフォーラム自身について、少しでも多くの皆さまに興味を持っていただければ幸いです。
Wikipediaの「信頼性」とは何か?
- 平山
よく、Wikipediaは信頼性が低い(誰でも書き換えられてしまう/事実が正しいとは限らない)ことを問題にされています。ライブラリアンからは、その信頼性の点から、Wikipediaを利用しても、その後紙の辞書で確認を取らなければ安心できない、とか、引用元にWikipedeiaを利用しないような呼び掛けが見られます。
Wikipediaは便利なものである一方、信頼性という脆弱性を持っていると言えると思いますが…
- 佐藤
「Wikipediaは信頼性がないよね」というのは、確かに良く聞きますが、その信頼性とは何でしょうか。この信頼性というものに具体的に言及しない限り、「Wikipediaは信頼性がないよね」というところで議論は止まってしまいます。
よく言われることの一つは、「Wikipediaが誰にでも書き換えられ」、かつ「頻繁に記述が変わる」ために、信頼性がないということ。それに対して辞書は、「専門家が書き」、かつ「一度書いて出版すると長い間書き換えができない」ため、その記述が変わらないという意味で信頼性があるといえます。電子辞書など、オンラインでネットワークに繋がっていれば書き換えは可能ですが、その場合でも専門家に執筆を頼んでいるため、書き換える頻度は遅くなるでしょう。
この場合の信頼性は、「誰がいつ見ても同じテキストが載っている」という意味での信頼性です。
しかし、一方で、それは弱点にもなります。Wikipediaは誰にでも書き換えられるため、その更新頻度は紙の辞書とは比べ物にならないほど速い。電子辞書でも、その更新速度にはかなわないでしょう。
それは言い換えれば、「紙の辞書には最新の知識は載っていない」ともとれるわけです。
たとえば、ある病気に対して最新の治療法が開発されたとしましょう。Wikipediaの管理人や編集者が興味を持つ分野なら、その情報はあっという間に更新されて、人々の知るところになります。それこそ、その情報が発表されたその日中にでも。ただし、紙の辞書だとそうはいきません。著名人の生年や没年、出来事のあった日なども同様です。Wikipediaならリアルタイムでどんどん情報が更新されていきますが、紙の辞書ではそのような情報の更新は望めないでしょう。
また、「専門家の記述」が必ずしも正しいわけではありません。専門家だって間違うことはあります。逆にWikipediaの記述が、そこまで言われるほど間違っているのかということも定かではありません。
たとえば2005年12月にオンライン版『Nature』に掲載されたあるレポート*2によると、ブリタニカ大百科事典のオンライン版とWikipediaの項目を比較した場合、科学分野においては、どちらの記事も正確性ー正しい記述と間違っている記述の割合ーはほとんど変わらなかったということが明らかになりました。
単に事実を知りたい場合、Wikipediaだから信憑性がない、となぜ言えるのでしょうか。
日常生活における情報の信頼性
- 佐藤
しかし、「正しいか間違っているか」ということは、日常生活においてそこまで重要なのでしょうか?もちろん命に関わるような(病気の症状など)ことは重要だが、そのような情報を私たちは百科事典で調べるのでしょうか?本当に心配だったら病院に行きません?笑
日常生活における情報の信頼性という観点からすると、第一生命研究所の調査*3によれば、多くの情報の中で消費者に一番信頼されているのは何かと言うと、それは本ではありません。もちろんネットでもありません。全体的に一番信頼されているのは新聞ですが、女性にとって一番信頼されているのは、親や友達から聞いた「口コミ」や、あるいは自分がお店で見てきた情報なのです。買い物など、自分が何らかの行動を起こす時に頼るのは、そういった「自分が信頼している人」からの情報になります。
もちろん普段の生活の上ではありますが……。普段の生活では、専門的な情報が行動の基準になるわけではない、というのが分かるでしょうか。そういう意味では、Wikipediaが正しいかどうか、というのは、日常生活においてはあまり意味がないのではないでしょうか。
信頼性とは何なのでしょう。情報の信頼性とは何か、と聞かれて、すぐに答えられますか?信頼性の切り口によって、Wikipediaの見方も大きく異なってきます。
研究など学術知行動におけるWikipedia−「なぜWikipediaを引用してはいけないのか」
- 佐藤
では、日常生活ではなく研究などの学術的行動に対して、もう一つの違った切り口で信頼性をみてみましょう。それは「責任」です。
「なぜWikipediaを引用してはいけないのか」という問いについて明確な意思を示している愛知大学の時実象一(ときざね・そういち)先生は、Wikipediaを引用してはいけない理由は、誰もその情報に対して責任が取れないからだとおっしゃられています。Wikipediaの記述は集合知的な要素なので、間違った記述を引用したとしても、その責任を負う人はいません。これがたとえば新聞記事の内容だったなら、記事の内容が間違っていれば、その記事を執筆した新聞記者が責任をとらなければなりません。辞典なら、編集者やその項目を執筆した著者が悪いのです。しかしWikipediaではそうはいきません。
内容が間違っていた時、クレームをつける相手がいる。あるいは、間違っていればその責任を負うような、覚悟を持った人が編集している。そのような信頼性が、辞書にはあるでしょう。
「責任が取れないから、Wikipediaを引用してはいけない」これはもっともだと思います。しかし、研究やレポートになぜWikipedeiaを使ってはいけないかという問いに対しては、そもそも百科事典を研究に使うのか、という疑問が浮かびます。まっとうなレポートは、百科事典を引用するでしょうか?もっと専門的な本や研究を引用するのでは?
「〜とは」といった定義的な部分は百科事典から引用できますが、それでも、研究の主題などについて百科事典から定義を引用するような研究は、正直言って信用できません。専門的な用語辞典ならまだしもです。つまり、大学レベルでの専門性を要するレポートには、Wikipediaを使ってはいけないというよりも、むしろ百科事典そのものがそぐわないのではないでしょうか。
もちろん百科事典を見ることも大事ですが、それは、そこから事実を引用するというよりは、むしろ百科事典の記述を足がかりにして次のステップに進むためのものでしょう。足がかりにするためのものと考えると、Wikipediaは下手な百科事典よりも記述の出典を詳しく書くように徹底されているので、その点についてはむしろ紙の百科事典よりも便利かもしれません。
出典の元が、たとえば個人のWebサイトであったり、信頼性に欠ける情報源であった場合は、結果としてレポートの内容も間違ってしまうかもしれませんが、出典の先の情報源の信頼性を判断するのは利用者自身です。紙の百科事典でも、最終的に出典の情報が正しいかは自分で判断しなければいけない点では変わりません。その意味では、Wikipediaは実は紙の百科事典に対して劣らない、むしろ、足がかりにする情報源としては、各項目へのリンクや構造化が明確になされている点において、紙の百科事典よりも優れているといえるかもしれません。
情報の信頼性を判断するのは、それこそ情報リテラシーの問題でもあります。ライブラリアンにとって情報リテラシーの重要性は述べるまでもないことで、情報リテラシーを十分に教えることができているならば、紙の百科事典でもWikipediaでも大して変わらないのではないでしょうか。そう考えると、どちらが適切な情報源かは、ケースバイケースな問題であるといえます。
学生はどのようにWIkipediaを利用するのか−日米の比較
- 佐藤
では実際に、学生はどのようにWikipediaを利用しているのでしょうか。
ある研究結果では、学生の普段の情報行動においてWikipediaが非常に重要な位置を占めている、という結果が出ています。たとえば日本図書館情報学会で発表された研究*4では、図書館の中で、課題を出して、学生にあるレポートを書いてもらう情報探索行動を実験したとして、日本の学生は、まず3分の1は図書館の本を見に行きません。全ての探索行動の過程をインターネットだけで終えてしまいます。図書館の中で実験をしたとしてもです。図書館の本を見に行く人もいます、そのような人でさえ、最初はGoogleなど検索エンジンを利用してインターネット検索をし、Wikipediaなどを経由してから本を見に行く人が多いWikipediaは引用に使ってはいけない」と言われることが多いので、直接Wikipediaの項目を引用したりはしませんが、Wikipediaのリンクから飛んだ先の情報を引用しようかと考えます。
アメリカの調査*5では、アメリカの学生で、教員が課したレポートを解くためにいきなりWikipediaを利用する人はいない、という調査結果が出ています。彼らは最初に専門的なデータベースや図書館の専門書を利用しています。
それはなぜかを学生に尋ねてみたところ、「先生は授業で習ったデータベースを利用して欲しいと思っている(から利用する)」といった答えが返ってきました。学生自身が、「専門的なデータベースを使うべきだ」と考えて利用しているのです。では日常生活ではどうかと言うと、日常生活ではまずWikipediaを利用するといいます。
対して日本では、注意してもWikipediaやその他情報源のコピー&ペーストで済ましてしまうような質の低いレポートが減らないという嘆きがあります。
なぜ日本ではそのようなレポートが減らず、アメリカでは専門的な情報源に当たったレポートが書かれるのでしょうか?
これは単純で、もちろんアメリカでもWikipediaの丸写しの様なレポートはあるのですが、そんなレポートを書けば落第して留年になってしまうから学生は必死に専門的な情報源にあたるわけです。大学全入時代の日本とは異なり、アメリカの大学は厳しく、生半可な対応では単位が貰えません。そのような背景が影響しているのではないでしょうか。
Wikipediaの信頼性がないから他の情報源にあたるのではなく、 Wikipediaの信頼性を上げようというアプローチ
- 佐藤
ウィキメディア財団の方の話*6では、Wikipediaの出典となりうる文献がきちんと用意され、かつそれが万人にアクセスできる環境になっていなければ、Wikipediaは正確な情報源を持ったナビゲートもできないし、内容の信頼性を保つことが難しいと言います。
たとえば英語版のWikipediaでも、医療情報の項目と言うのは内容の質や記述の専門性が低いと問題になっているのですが、なぜかというと、医療の最新情報はほとんどが雑誌論文などで発表されるており、それらは総じて高価で、個人がアクセスできる情報源にはなっていないことが理由とされています。参照できる情報源がないために、Wikipediaの内容の質が保たれていないのです。
そのことに対して、ウィキメディア財団の方は、オープンアクセス、パブリックアクセス運動をより広めて、研究者が持っている学術情報を誰でも見れるようにすれば、Wikipediaからリンクを貼ったりその内容を参考にして内容を記述するなど、Wikipediaの信頼性も向上するだろうと述べています。そういったオープンアクセスやリンクなどの行動を、ライブラリアンが行ってくれれば、という主張もありましたが…。
(このインタビューの)最初の話で、ライブラリアンがよく「アクセスしやすい所にある情報源は信頼性がないから、紙の辞典や専門の情報を調べましょうね」というアプローチをとるという話がありました。しかし、もはや「アクセスしやすい所にある情報源は信頼性がないから、紙の辞典や専門の情報を調べましょうね」というわけにはいかないのです。
たとえば、2010年の情報管理に掲載されていた研究*7によると、アメリカではインターネットで肺がんについて調べてみると、政府が提供しているような信頼のおける情報源が上位に出てきますが、日本の場合はかなりの部分が似非科学や詐欺にあたるようなページが上位に出てきてしまいます。
そこでやるべきことは、検索したら信頼性のない情報源が出てくるので検索しないようにしましょうね、ではなく、検索したらまず信頼性のおける情報が上位に出てくるようにしましょうね、ということなのではないでしょうか。
「アクセスしやすい所にある情報源は信頼性がないから、紙の辞典や専門の情報を調べましょうね」ということではなく、「アクセスしやすい所に、信頼性のおける情報源をおきましょうよ」というアプローチを、ウィキメディア財団の方は呼びかけているのだと思います。
フォーラムに向けて
- 平山
興味深いお話をありあがとうございました。
当日のフォーラムでは、国際大学GLOCOM主任研究員、NPO法人クリエイティブ・コモンズ理事であり、日本語版Wikipediaの管理経験もある渡辺智暁さんに、Wikipediaについて内部からのより詳しいお話を、東京大学助教授の清田陽司さんに、自然言語処理など清田さんの研究を援用したお話を、鶴見大学図書館の長谷川豊祐さんに、ライブラリアンからみたWikipediaやその他についてなど、さらに発展させる形でお話をお聞きできるわけですね。
その中で、佐藤さんはどのように関わっていかれるのでしょうか?
もちろん、このようなフォーラムにおいて、学生の視点は不可欠だとは思いま
すが……。
- 佐藤
自分の学生時代を思い出すと、レポートをいかに楽に完成させるためにどのような努力がなされていたかということも、理解できるわけですが(笑)。
フォーラムでは、自分は司会として働きますが、適度に茶々を入れつつ、自分としても、フォーラムに参加しながら、Wikipediaやその他大規模デジタル社会における知がどう捉えられるのか考えていきたいと思います。
インタビューを終えて
- インタビューでは、Wikipediaの他、様々なお話、またWikipedia以外のTwitterや電子書籍などよりたくさんの面白いお話をお聞きしたのですが、紙面の都合により実際の半分程度のお話しか掲載することができませんでした。
- この他のお話や、他の専門家の方々の貴重な講演、またライブラリアンとしていかに対応すべきかなどは、ぜひ、当日のフォーラムに足を運んでいただいて、実際に耳にし、感じていただければと思います。
2010-11-24(Wed): 13:00~14:30
第12回図書館総合展 株式会社ネットアドバンス主催フォーラム
「大規模デジタル化社会における『知』との接点
−Wkipedia、電子書籍、Twitterの潮流をライブラリアンはどう受け止めるか」
(於・神奈川県/パシフィコ横浜)
■フォーラム参加申込みフォーム
http://bit.ly/bdSxYv
11/9 文中で引用させていただいた安蒜さんの名前の漢字が間違っておりました。正しくは安蒜孝政さんです。お詫びして訂正させていただきます。申し訳ありませんでした。
*2:Internet encyclopaedias go head to head .Nature,vol. 438,no. 7070,p.900-901.ただし、Encyclopedia Britannicaはこの記事に対し反論し、またNatureも記事を撤回しない声明を発表するなどその後も議論を呼んでいる。
*3:第一生命研究所調査,『消費に関する情報伝達(クチコミ)調査』〜家族・知人間でやり取りされる情報とネット上の情報の流通、質、信頼性〜.
*4:安蒜孝政,他.“図書館における情報探索行動”.2010年日本図書館情報学会春季研究集会発表要綱.東京,2010.5.29,日本図書館情報学会.2010,p.87-90.
*5:Alison J. Head and Michael B. Eisenberg.How College StudentsSeek Information in the Digital Age.Community Contributions,2009. 12.2,
*6:2010年8月6-8日に行われたIFLA Satellite Pre-Conference:Open Access to Science InformationでのManaging content quality in an open collaborative environment: Health science articles on Wikipedia as acase studyの発表から。
*7:後藤悌,インターネットにおけるがん医療情報の現状と、改善への取り組み.情報管理,2010,vol. 53,no.1,p.12-18.