大阪府(知事)と図書館

起きたら授業が終わってたよ!
  
ニュースソース
http://osaka.yomiuri.co.jp/tokusyu/h_osaka/ho80205b.htm
asahi.com:橋下知事、国際児童文学館を視察「図書館と統合を」 - 橋下知事

有名な橋本知事の図書館観。それについての一つの意見がこちら
橋下知事の図書館観: 葦岸堂之日々是日々

つまり「とにかく施設の削減が不可欠であり、機能の違いはともかく、本を扱うのは全部図書館ということでいいでしょ>というのが、橋下知事の図書館政策の落としどころであり中味だということのようです。

実際橋下知事の意見がこうであるかは不明ですが、こういった意見に対して、図書館はただ「本を扱う場所」ではないし、その他の機関にも図書を扱う以外の重要な機能があり、それを無視してはいけないと思います。
図書館の役割についても、単なる「本を扱う場所」という認識は危険な気がします。橋下知事はよく「図書館は<知のセーフティネット>」とおっしゃいますが、それはその通りで、図書館は「社会の中の知識を扱う場所」として、知識・情報の収集・蓄積・提供を担う場所であると私は捉えています。
知識を扱う役割から、デジタルなメディアも取り扱うし子供に対しての教育の一端も担います。広く社会の知識のインフラとして、図書館は重要であると考えます。ただ「本を集める」だけでは図書館は機能しないと思うのです。
しかし大阪府の財政が逼迫しているのも事実で、「最低限の」施設以外は必要ないと考える場合、その気持ちもわからないでもないしそこに図書館を残してくれたのは橋下知事がそういった社会の知識に理解があるということなのでしょうか。いまいちよく分かりません。
  
一方、その図書館に対しても
http://sankei.jp.msn.com/life/education/080617/edc0806171434002-n1.htm
このような批判があります。
これに対する反応はほとんど、図書館についての記事側の無知を指摘するものでしたが、しかしこの施設を利用する府民のほとんどは「無知」であるわけです。府民に理解されずただ自分側のわがまま(に見える理由)を押し通していては、支持されなくなってしまいますし、府民の理解と支持を失えば図書館は必要なくなってしまいます。
どちらが「良い」「悪い」という問題ではありません。どちらにも歩み寄りが必要なのだと思います。
例えば図書館は、それが本当に必要でなくせないものなのかをもう一度検討してみてはどうでしょう。施設の一部でも利用できないか、業務をより効率的に進めて短縮できないか、それが可能か不可能かは私は分かりませんが、「絶対必要な業務だから仕方がない」と押し通す態度が無知な利用者側の癇に障るのではないかと思います。
一方利用者側も図書館についての理解があれば不満も解消されるはずです。「レストランで待たされても、なぜ待たされているのかが説明されれば、それは苦ではない」という文章を英語の授業で読みました。バイト先でのファミレスでもお客様への説明は徹底しなければいけないと教えられます。説明と理解があれば、相互に歩みよりはできるはずです。
利用者に理解してもらうための活動は図書館の役割ですし、それは大阪府に限らず日本の図書館全部のものであると思います。
  
ひとつ疑問。関西には図書館情報学を専門的に教育する施設がないわけですが、そのことによる地域差はないのでしょうか?司書になりたい人は全国に散らばるから問題ないのかな。