船戸明里『Honey Rose』

Under the Rose (1) 冬の物語    バースコミックスデラックス

Under the Rose (1) 冬の物語 バースコミックスデラックス


船戸明里の『Honey Rose』は、2001年から2002年までファミ通ブロスで連載された漫画です。
ヴィクトリア王朝時代の一貴族について丁寧に描かれた漫画で、時系列的には現在WebコミックのWebスピカで連載中の『Under the Rose』の数年後の物語になります。
そのため、既に完結している『Honey Rose』はまだ単行本として刊行されておらず、ダウンロード販売もしくは電子書籍でのみ入手することができます。*1
iPadを入手し、電子書籍を自由に読むことができるようになったので、数年越しに待望していた『Honey Rose』を読んだのですが、あまりの壮絶なネタバレに読了後一週間たっても自分の中で消化しきれていません…
Under the Rose』を読み始めて、その続きを待ち望んで7年近くになりますが、関わった時間分の重みに耐え切れず、気持ちの整理をつけるためにも感想を文章にすることにしました。
Under the Rose』は自分の知る中で最も人にお薦めできる漫画です。あまりメジャーな雑誌ではないので知名度は低いですが、未読の方は是非一度騙されたと思って読んでみてください。
お薦めできる理由は、(1) 美しく狂いのない描写、(2) 綿密な時代考証、(3)完璧な伏線と丁寧に描かれた家族愛や精神的な屈折などの複雑な感情、です。
いかに「良いお話」なのかまだ上手く言葉では表せないので、物語がどういうものなのかは別の情報源をあたっていただければと思います。
  

以下は現在連載中の『Under the Rose』の壮絶なネタバレになります。
ネタバレを読むのと読まないのとでは、今後のお話に受ける印象が180度どころか全く違うものになります。



Honey Rose』の救い

Under the Rose』及び『Honey Rose』はヴィクトリア王朝時代のローランド伯爵一家にまつわるお話です。
Under the Rose』は伯爵とその子供たち、『Honey Rose』は伯爵死後の成長した子供たち+αのお話です。
Under the Rose』の全編にわたって描かれる謎が(まだ途中ですが)、『Honey Rose』で解決しています。また『Honey Rose』では、『Under the Rose』で思春期の屈折を見せてくれていた兄弟たちが大人になって、「あのころはあんなに可愛かったのに…」や「あのころはあんなに馬鹿だったのに…」と年をとったお母さん気分を味合わせてくれます。
手のかかった子供ほど、成長した姿には感動も一潮です。『Honey Rose』で味わえるのはそんな一面です。

(以下めんどくさいので『Honey Rose』ははにろ、『Under the Rose』はあんだろ)

ウィリアム

Under the Rose:春の賛歌』で主人公のレイチェルさんは、あんだろで非道の限りを尽くされたウィリアムと結婚して、子供を産み、その後子供ともどもラスボスに殺されてしまいました。
ウィリアムはあんだろではレイチェルなんか俺が殺してやるといわんばかりの扱いでしたが、はにろではレイチェルが死んだために死んだ魚のような目をした人となり、屋敷で(自分にしか見えない)レイチェルと二人の娘の幽霊と一緒に暮らしています。
あんだろで、ウィリアムの母への思い、家族への思い、レイチェルとの確執がこれでもかと丁寧に描かれ、感情移入してしまっているからこそ、あのウィリアムがレイチェルを愛し、娘を愛するのにどれほどの困難があったのか、時間がかかったのか、そしてやっと幸せになった(と願いたい)にもかかわらず、家族を奪われた哀しみはどれほどだったのかと思わずにはいられないのです。
何より不遇の人生をあゆみ、ローランド家で伯爵に拾ってもらってやっと幸せ(困難ばかりでしたが)を得たレイチェルが、その人生を終えてしまったという哀しみ。どんな物語だって、主人公には一番情が移りますし、主人公が死ぬのはショックです。娘を産んで、ウィリアムと結婚して、レイチェルは幸せだったのでしょうか。
当たり前のことですが、殺されてしまったレイチェルもアリス(娘)も、ウィリアムの側にはいても、もう二度と触れることも、成長した姿を見ることもできないわけです。
はにろで幾度となく登場し、変わり果てた姿を見せるレイチェル。

なぜここまで感情移入するかと考えると、やっぱり船戸明里さんの描写が素晴らしいのでしょうね。
”ウィリアム兄さんと同じ哀しい目をしていた”レイチェルや、アリスの人形を見たときのウィリアムの死にそうな目や、アリスの幽霊にせがまれてヴァイオリンを弾くウィリアムや、屋上で一人でお茶飲んでるところにティーカップが3つあったりとか、ラスボスのときの最初の一言とか、幽霊大合戦のときウィリアムの後ろにいるレイチェルとか…
ラスボスに銃を向けてアルに止められた時、ウィリアムの顔がぎりぎりで見えないのがまた…

はにろが先に描かれて、その後に、時系列的には先にくるあんだろが描かれています。あんだろの冬の章(1巻)の帯は「お前の母親を殺した女を撃て」ですが、はにろでも最後のテーマは同じなんですよね。ライナスと同じ、アーサーの血を引いていないフィオナが、ライナスの母親だけでなく、全ての女の復讐のために銃をとる。そして、自分のためにそうしようとしてできなかったライナスとは違い、兄のためだけに引き金を引こうとする。
ライナスの時にはその引導を渡したウィリアムが、そして唯一妻子を失ったウィリアムが最後にフィオナの銃を止めるのが、もうなんとも言えない感動。ウィリアムでないと止めることはできなかったし、ウィリアムがそれを止めたことによって、本当の意味でローランドの物語が終わりを迎えたのでしょう。
ローランド一家の物語の最初と最後がぴったり重なって、本当に様々な出来事や屈折や酸いも甘いもたくさんあったのに、ここまで綺麗に終わることができるのかと、ただただびっくりしました(※あんだろはまだ執筆途中です)。
死んだ人は帰ってこない。ローランドの一族のために大きな報いを受けたウィリアムは、一族にフィオナが入ることによってその傷をすこしずつ癒していくのかなあと思います。

はにろを3回読んで、懐かしくなって家にあるあんだろ(5,6巻)を読み返すと、スタンリーが…6巻てスタンリーがすごい健気に頑張ってた巻だったんだよね。あああ。スタンリーが可愛すぎて泣ける…ローランドの屋敷に来たとき幸せだったのかな。死んじゃったけど。
あとウィリアムとレイチェルの関係が少しずつ変わり始めてたり…ダンスでのウィリアムの赤面とか、思春期的な欲情とか、最後にお母さんを助けようとして駄目だったところとか、なんとも言えない。赤面ウィルは良い。


今年中に刊行されそうなあんだろ7巻を心より楽しみにしています。

*1:現在連載中の『Under the rose:春の賛歌』が終わり、続く夏の章が終わった後、単行本に収録されて刊行される予定ですが、現在二年に一冊ペースでの連載ですので、何年後になるかは予測がつきません…