村山由佳「ダブル・ファンタジー」(ネタばれ)

W/F ダブル・ファンタジー

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小説の感想なので、過分に私情を交えつつ、個人的な価値観によるものだということを前提にしつつ公開。あと、ふもってぃは自他共に認めるほど文章が下手です。下手というか、言葉選びに気を使わない性分。読中・読後の二部構成。

[読中]
帯の文句に惹かれた時点で、言い訳する言葉はないのだけれど。
村山由佳は名前こそ聞くものの、初読。衝動買いするだけあって求めていた文章だった。なにより主人公の奈津と彼女に関わる異性との、その関係性がとても魅力的。長年連れ添った夫との依存と確執、一時の激しい恋情、特別何かあるわけでもないのにすっと肌に馴染む優しさ。
節々の鋭い言葉にもはっとさせられる。
志澤のメールでの、ばっさりと切り捨てるような語り口。省吾の、どうしようもない諍いへのもどかしさ。彼の性格は確かに傷つけるものなのだが、それでも憎めない人物なのだ。そして岩井の軽妙な優しさ。
キリンと呼んだとき。「俺ね。あなたがとても好きですよ」と返したのが、なんだかとても、好きなところだ。小説は他の学術書と違って、共感が前提にあるから、どうしても私情が混じってしまう。個人的には、やはり岩井が肌に合う。乙女心の優しさが馴染んだものだからか。
主人公の振る舞いを客観的に見ると、このままどうも安易なハッピーエンドに落ちるとは思えないのだけれど、はらはらどきどきしながら、もう少し物語の世界にたゆたっていたい。
[読了]
読後は決して爽やかとは言えない。むしろ、なんとも言えない、罰をくらったような後味の悪さがある。そう、罰なのだ。自分に率直に生きた代償として、奈津が"孤独"であることに気づいて物語は終わる。
物語の後半は関係のもつれが目立った。志澤への未練、省吾との清算、岩井と大林。岩井の優しさに惹かれながらも、全部が自分に向いてくれないことに寂しさを感じ、そして大林と出会う。この流れには、女の汚い部分がたくさんある。わざと嫉妬させたくて鎌をかけてみたり、そうしていたと思えば大林に惹かれてあっさりと岩井を捨てようとする。女の心変わりのなんと恐ろしいことか。
衝撃的だったのは、最後の岩井のメール。奈津に疎ましがられるようになってから、岩井は以前のように、以前よりも頻繁に会いに来る。そしてこのメール。そこまで奈津に傾倒していたのか。驚くとともに羨ましくもあった。岩井好きだったんだけどなぁ。
気になるのは、「創作」を一つのテーマにあげながらも、最後まで奈津がこの道を歩んだことで「創作」にどう影響を与えたのかは書かれていないことだ。むしろ志澤とのもつれで専念できないでいたようだし、後半は書くことよりもリポーターなどの仕事が目立っていた。書き上げた戯曲も、正反対の評価をされた。自分のために、自分にしかできないような「創作」をしたくて夫の元を離れた奈津に、その選択が本当に「良かった」のかの価値判断は最後までされなかった。それは、作者の自分自身へのメッセージのようでもあるし、だとすればこの物語の評価がそれを行うのかもしれない。
もうひとつ、タイトルの意味がいまひとつ理解できない。ダブルファンタジー。二つの幻想とも読めるけれど、いったい何を指しているのか。読解力不足なのがお恥ずかしいが、誰かの推論を聞きたい。それとも小説のタイトルの意味を類推することがナンセンスなのかな。
小説の評価というのは、その物語の是非ではなくその物語の読者の心という鐘にどんな反響(残響)を残したのかというところにあると思うから、村山由佳は凄く良い作家だし、ダブルファンタジーはとても面白く考えさせられて、何より感じられる本だった。大好きだ。